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書評というほど立派なものではないブログ

読んだ本について徒然と書いていきます。正直こんなブログよりも本の方を読んでほしいので内容には詳しくは触れません。書評というほど立派なものは書けませんが、軽い気持ちで楽しんでいただき、気が向いたら実際に本を手に取っていただければ幸いです。

将棋界だけじゃない(橋本崇載『棋士の一分 将棋界が変わるには』)

本屋に並んでいたのをつい手に取ってしまった。副題「将棋界が変わるには」が私の目を引いたのだ。将棋のルールや戦術を開設する本は昔から数多く存在する。また、将棋のプロ棋士の生き様や彼らが競い合う場である将棋界について書かれた本も最近は多い。しかし、ある種の企業としての将棋界のいわば経営の方向性について書かれた本は見たことがなかったからだ。もっとも、目立たないだけで今までもあったのかもしれないし、そもそもそのような本に需要があるのかという問題もある。将棋界を超えて有名な著者だからこそ本屋で目に留まるような場所に置かれていたのかもしれない。

 

本書は著者が将棋界に対して持っている問題意識をまとめたものである。しかし、本書を一読して感じたのは、これは今の日本社会そのものなのかもしれないということだ。AIの台頭により仕事が奪われるといったよく語られる話題にとどまらず、ベテランよりも若い人ほど今後長く将棋界にいるのだから将棋界の将来を真剣に考えなければならないという主張や、将棋界では将棋業界だけで全てが完結してると考えられているとの指摘、さらには将棋界を斜陽産業とした上で変えるべきものと守るべきものの見極めは、会社、さらには日本社会を考えるにおいて必要なことと殆ど変わらないように思われる。(そもそも著者の将棋界に対する見解が正しいかどうかは不明ではあるが)

 

組織としての将棋界の運営というきわめてニッチな話題でありながら、様々なことに通じる示唆を得られた本だった。編集者の目の付け所と著者の力量に敬意を表したい。以前から著者の指す将棋は好きだったのだが、著者自身の動向にも今後は注目してみたい。

 

機会があれば一度将棋バーも訪れてみたいと思わせてくれた一冊。(関係者でもない人が気軽に行けるところなのかはわからないが)

 

棋士の一分 将棋界が変わるには (角川新書)

棋士の一分 将棋界が変わるには (角川新書)

 

 

今話題の人の本(小池百合子『女子の本懐』)

今年一年ニュースを賑わせた人の昔の本を見つけたので読んでみた。最初から余談だが、私はこの小池百合子という政治家が昔から気になっていた。新聞に載っていた大臣のプロフィールに「カイロ大卒」という文字列を見つけたからだ。MBAとかじゃなくて学部で海外に行っていて、しかも欧米じゃなくてエジプト!学歴で人を判断するなとはよく言われるが、日本で「カイロ大卒」というのはそれだけで興味をひかれるインパクトがある。


本書の中身に戻ろう。いや、まだ本書の中身には一言も触れていなかった。本書のうち第一章と第二章では著者が防衛大臣に就任することが決まった日から、大臣として過ごした日々の出来事が日記帳で語られる。私はもう当時のことを良く覚えていないので「そういえばそういうこともあったかな~」というスタンスで読んでしまったが、もう一度当時のことを調べて思い出したうえで再読したい。それにしても政治家とはなんと忙しい職業であろうか。たった二ヶ月余りの間に参議院選挙、中越沖地震対応、省内人事、外国訪問など様々な出来事が同時に進行していき、本を読んでるだけでも頭が混乱しそうになった。第三章では著者の政策論が語られる。割かれている頁数も少なく概説といった感じであるが、著者の環境問題への思いの強さが垣間見れる。


さて、本書のタイトルは『女子の本懐』であった。そういえば著者は女性であった。本書の中でも女性ならではのエピソードは随所にちりばめられている。女性自衛官向けの施策から認証式の服装や大臣室のトイレといったところまで。また、著者自信の女性性に対する向き合い方としても、「女性防衛大臣であることは、たまたま私の属性にすぎない」と述べたり髪型について「友人からは『女を捨てている』とあきれられた」としながらも、出産を「真の女子の本懐」と表現し未練を覗かせるなど、男社会である政治の世界に飛び込んだ一人の女性としての苦悩も垣間見える。ひょっとすると、本書は政策を語ったり大臣を退任するまでの経緯を説明するためにかかれた本であるだけではなく、これから社会で活躍しようとする女性達に対して先輩としての経験を伝えるために書かれた本でもあるのかもしれない。

一度女性の知人に勧めて感想を聞いてみたい一冊。



女子の本懐―市ヶ谷の55日 (文春新書 602)

女子の本懐―市ヶ谷の55日 (文春新書 602)

コミュニケーション能力養成講座 (小林隆,澤村美幸『ものの言いかた西東』)

いわゆる「方言」に関する本は多いが、本書が扱う「ものの言い方」とは狭い意味での「方言」にはとどまらない。本書がまず取り上げるのは挨拶に関する地域差である。そこで比較されるのは挨拶に用いられる文言それ自体ではない。挨拶を「するかしないか」である。挨拶の文言のみならず、挨拶を「するかしないか」についても地域差があるというのである。「方言」という視点からは盲点となっていた口に出すか出さないかという差異を皮切りに、従来の方言論からは盲点となっていたような地域ごとの言葉の違いが次々と語られていく。一つ一つのテーマはきっと誰もが感じているであろうことが実例とデータで示されており、興味深く読み進めることができる。(章ごとにまとめがあり頭にも入りやすい!)

 

また、本書は単に言葉の地域差を新しい視点から分析するにとどまらない。本書の終盤では、言葉の地域差は社会的経済的背景の従属変数であるという大胆な仮説が提示される。吉本新喜劇の影響で関西人の話し振りが形成されたのではなく、大阪の社会や経済の言語的・文化的結果が関西人の話し振りであり吉本新喜劇だというのである。新書という媒体ゆえに厳密な論証とまではいかず大まかな説明にとどまってはいるが、言葉というものに対する新しい視点を与えてくれたような気がする。言葉というものは社会、そして人間を映す鏡なのかもしれない。(発達ー未発達といった単線的な軸(最後にそのような発想の限界も指摘してはいるが)を使った分析は少し時代遅れな気はしたが・・・)

 

人と話すことが今までよりももっと楽しくなりそうな一冊。

 

 

ものの言いかた西東 (岩波新書)

ものの言いかた西東 (岩波新書)

 

 

英語できるようになりたい (鳥飼玖美子『本物の英語力』)

英語ができるようになりたくて本書を手に取ってみた。本書が言う英語力をつけるための方法は端的に言って「英語」を特別視するなということだろう。著者は「英語格差」に批判的な態度を取り、「英語が役に立つ」という現実への対応として英語を勉強せよと言う。

日本では義務教育や受験勉強で誰しもが英語に苦労する一方、ネイティブや帰国子女は全く苦労せず英語を操る(ように見える)。そのためため、「英語」というもの自体に対して何かしらの感情を持っている人が多いのだろう。本書の英語学習法はこの感情を捨てることから始まる。「英語」やそれを取り巻く人々に対する好悪の感情を排してみると、本書のあげる英語学習法の全ては説得力があるどころか当たり前のように思えてくる。

目的を意識して当たり前のことを当たり前にやることが英語の学習にも当てはまる、という当然のことを改めて気づかされた。

 

本物の英語力 (講談社現代新書)

本物の英語力 (講談社現代新書)

 

 

渡部信一『ロボット化する子どもたち』

 

ロボット化する子どもたち―「学び」の認知科学 (認知科学のフロンティア)

ロボット化する子どもたち―「学び」の認知科学 (認知科学のフロンティア)

 

 

ロボット開発、高度情報化社会、自閉症児などを題材に20世紀型の「教え込む」教育観の限界を示すとともに、21世紀型の新しい「学び」の方向性を提示しようとする本。一見関係性の薄そうなこれらの題材だが、読み終わってみると「学び」に対する理解が少し深まったような気がする。ただ、一つ一つのテーマやその理論的背景ついてはそこまで詳しくは触れられていないし、教科書のように一つの分野について体系的な知識が得られるわけではない。これこそ著者の言う「しみ込み」型の学びだろうか、といったメタなことを考えてしまった。

一億総教育評論家」とも言われるように、私たちは自らの経験から教育を語ってしまいがちだが、こういう本を読んで少し深く考えてみるのも悪くないかもしれない。

 

 

ブログ始めます

ブログを始めてみます。

現実逃避のためにブログを書いてみようかと思いました。

しかし特に趣味もないので読んだ本について書いたりしてみようかと思います。

書評とまでは言えない感じでゆるーく書いていきます。