会社員ぬーどるのブログ

ただの会社員が文章を書く練習のために特に脈絡もないいろいろなことをつらつらと書いていきます。本ブログは所属団体等とは無関係な個人の見解です。 twitter:@nuh_dl

【愛媛県】宇和島観光に行ってきた③ ~近代化史跡巡りと伊達家のお墓参り~

宇和島観光記は昼食まで書いてそこで終わりになってしまっていました。続きを書きましょう。

 

観光である程度の区域を巡る際にはレンタサイクルを借りることが多いのですが、宇和島では見つからなかったので歩きで回りました。なかなかしんどかったですが町を歩くのもまあ楽しいものでした。

 

駅から1kmくらい西に歩いていくと、明治期に建てた洋館って感じの建物があります。明治期に建てられた洋館って感じ、ではなくてまさに明治期に建てられた洋館なんですけどね。警察署として建てられて役所としても使われたことがあるようです。いまは宇和島市立歴史資料館になっています。展示スペースは小さいですが、建物も含めてまあ楽しめました。

f:id:nuh_dl:20180705194232j:plain

 

歴史資料館の隣には樺崎砲台跡とかいうものがあります。幕末期に外国の脅威に備えて作られた砲台ですね。こういうのを作っていたとはさすが宇和島藩ですね。実際に使われたのはイギリス軍艦に対する礼砲だけのようですが。まあそんなもんですよね。近代化の時代の努力の跡の一つですね。宇和島ならではの観光スポットではないでしょうか。

f:id:nuh_dl:20180705195712j:plain

 

上の写真だと、正直よくわからないですね。そこそこ大きいので道路から見てもよく形がわかりません。しかし!宇和島市立歴史資料館の二回のベランダから見ると、全体像がよくわかりました。ちょうどいいところにありますね。

f:id:nuh_dl:20180705200203j:plain

 

宇和島といえば幕末明治の偉人たちのほかにも宇和島伊達家も有名ですね。初代の秀宗は、伊達政宗の長男として生まれながらも、長い人質生活を送った上に仙台藩の跡継ぎにもなれず、それでも大坂の陣の功績で宇和島の領主となった、不思議な人生を送った人物ですね。

 

宇和島駅から今度は南に1kmくらいお寺がいくつかあって、その中には伊達家の藩主の墓があるところもあります。こちらの道のりはただただ住宅地を行く感じなので迷いそうになりました。

 

金剛山大隆寺には秀宗夫人のお墓などがありました。史跡ではありますが、お墓はお墓はなので写真を貼るのはやめておきましょう。

f:id:nuh_dl:20180705202445j:plain

 

近くにはちょっとした庭園のようなところがあり、その奥の方には山家公頼のお墓とかもあるようです。山家公頼なる人物は、私もこの日に初めて知ったのですが、仙台から秀宗に着いて行って宇和島に行った家老の一人で、宇和島藩内の権力闘争で襲撃されて亡くなった人のようです。宇和島では領民にも慕われていたとか。観光に行くといろいろと新しい知識が増えていいものですね。

f:id:nuh_dl:20180705202927j:plain

 

少し北の方にある等覚寺には秀宗を始めとした多くの藩主のお墓があります。なかなか迫力のある門ですね。この日はこの門の辺りにスマートフォンを持っている人が群がっていました。もはやフィーチャーフォンの方が例外で、携帯といえばスマートフォンのことなので携帯といえばいいですね。ポケモンでも出てたんですかね。どんなポケモンが出たか気になります。こちらも史跡ではありますが、お墓なので写真を貼るのはやめておきましょう。

f:id:nuh_dl:20180705203335j:plain

 

宇和島もなかなか見どころが多くて楽しかったですね。

 

おまけ

帰りに寄った道後温泉はとても気持ちがよかったです。18時くらいに着いたのですが、ちょうどとても空いていて満喫できました。入るときにちょうどたくさん人が出てきて、出るときはぞろぞろ人が入ってくるところでした。ラッキーでしたね。

f:id:nuh_dl:20180705203959j:plain

 

 

また気が向いたら更新します。