会社員ぬーどるのブログ

ただの会社員が文章を書く練習のために特に脈絡もないいろいろなことをつらつらと書いていきます。本ブログは所属団体等とは無関係な個人の見解です。 twitter:@nuh_dl

【高知県】高知観光記① ~現存天守高知城~

高知高知高知と高知が三回続いたタイトルになってしまいました。

 

高知といえば高知城ですね。まあ、私がどこか町を訪れたらお城を見ることにしているだけですけれども。しかし、高知城は現存12天守の一つですから、高知といえば高知城といってもいいのかもしれません。まあ、高知には他にも有名なものは多くありますけれども。

 

高知城平山城で今の高知の街の中心に近い場所にあります。まあ、どこが市街地の中心部なのかはよくわかりませんが。高知の街は意外と(失礼)広い範囲が栄えていました。県庁だか市役所も城の一角にある感じでした。昔から役所の場所が変わっていないというのは面白いことです。

 

さて、追手門の前には、土佐藩初代藩主山内一豊の像があります。馬にまたがっていてかっこいいですね!(小並感)

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高知城は、追手門と天守が両方とも現存する三つの城のうちの一つで、そのうち両者を一枚の写真に収めることができる唯一の城だそうです。ということなのでせっかくなので追手門と天守を一枚の写真に収めてみました。追手門はなかなか守りに適した構造になっているようです。

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追手門から城内にはいると、板垣退助の像がありました。板垣退助って高知藩士ではあったのかもしれないけど高知城に像を作るほどお城と関係あったっけ、とかこのポーズは「少年よ大志を抱け」的な感じなんだろうかとか、疑問は残りましたが、土佐が輩出した偉人の一人ですね。「板垣死すとも自由は死せず」と言ったとか言わないとかいう人ですね。

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ちなみに上の板垣退助像の背景にも天守が写っておりまして、すぐ天守まで行けそうな印象がありますが、実際はかなり遠回りをしていくことになるので時間がかかります。まあ、時間がかかるといっても10分程度ですけどね。

 

階段を上っていくと、次は山内一豊夫人の像までありました。山内一豊の像よりも写真を撮っている人が多かったですね。確か大河ドラマになっていたのでしたっけ。よくわかりませんが。

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高知城は石垣もなかなか立派なものです。

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天守までの道のりはわかりにくいのですが、ただただ道なりに登っていくと天守にたどり着くことができます。現存12天守の中の一つですね。高知城天守は四つの矢倉を廊下でつないだ特徴的な構図をしていました。天守に入るまではなかなか回り道をして行くことになります。

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天守からは例のごとく高知市街地を一望することができますね。繰り返しになりますが、高知は意外と(失礼)栄えていますね。ちょっと海までは見えませんが、なかなか良い眺めでした。

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高知城にはなかなか珍しい忍者返しがあります。忍者が登っていってもここで食い止められてしまうということですね。これはさすがに超えるのが難しそうですね。まあ、忍者になって城に侵入したことがないのでよくわかりませんが。本物の忍者なら軽く乗り越えてしまうのかもしれませんけどね。

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高知城はなかなか市街地の中心部にあるにも関わらず、なかなかいろいろなものが残っていて楽しいところでした。観光客も多かったです。

 

また気が向いたら更新します。