会社員ぬーどるのブログ

ただの会社員が文章を書く練習のために特に脈絡もないいろいろなことをつらつらと書いていきます。本ブログは所属団体等とは無関係な個人の見解です。 twitter:@nuh_dl

【広島県】三原を散策してきた ~駅隣のお城 その2~

さて、福山城に続いてもう一つ駅前のお城に行ってきました。まあこちらは城跡ですけどね。駅前というよりは城跡をぶち抜いて駅がつくられた感じです。三原城ですね。

 

三原駅には三原城跡出口があって、そこから出た先は三原城天守跡です。駅と天守台が直通なんですね。そんなのここ以外にあるのでしょうか。まあ、私が知らないだけであるのかもしれないですけど。

 

原城小早川隆景によって築城されたとかですね。当時はこの付近まで海があって、三原城は海城だったそうですね。宇和島城みたいですね。そのあとは福島正則が来たり、江戸時代には広島藩の支城となったり、近代には軍事拠点となったりしていたようです。

 

もっとも、天守はもうなくて、ただの公園みたいになっているのですけれどね。三原城の歴史を説明する看板とかもありました。まあ、広くて眺めがよくていいところでしたね。

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天守台から外に出るには、一度三原駅に入って、三原駅の違う出入り口から出る必要があります。面白いですね。石垣と堀と同時に駅と電車が視界に入ります。なかなか斬新な景色ですね。

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なかなか大きな天守台でして、広島城天守6個分高の広さのようです。うまく撮れませんでしたが、天守台としてはかなり迫力がある感じだったと思います。

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近くには小早川隆景の像とかもありました。像の近くは隆景広場とか呼ばれているようです。どことなく安倍晋三首相に似ているような似ていないような。

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さて、三原城跡の見物はあっという間に終わってしまいましたので、しばらく三原を散策してみることにしました。

 

原城跡があるのは三原駅の北側ですが、メインの市街地は南の方でしたね。三原はタコが名物のようで、いろいろなところにタコがいました。

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三原駅から少し南に歩いていくと三原港があります。プロペラと錨が屋外に展示されていました。これらが三原の街のシンボルということでよいのでしょうか。

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フェリーターミナルはまるで駅の待合所みたいな感じでした。いろいろなところに行けるフェリーがあるんですね。昔海上交通の要衝だったころの名残でしょうか。

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近くには、キリシタン弾圧とかあった時代のキリスト教徒の少年の像とかもありました。この人が何者なのか、そしてこの像が何故ここにあるのかは、説明書きを読んでもいまいちよくわかりませんでしたが。

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少年の像の背景にあるのは、城っぽい石垣ですね。そうです。三原城関係の遺跡です。船入櫓と呼ばれていたもののようです。昔は海城でしたから舟が付いたりしたのでしょうか。そのあたりのことはよくわかりません。完全に街の中にありますが、意外と長いものが残っていました。

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三原はなんとなく城が駅のすぐそばにあって通るたびに気になってたので行ってみただけなのですが、まあ、散策するといろいろあって楽しかったです。

 

また気が向いたら更新します。

【高知県】高知観光記④ ~五台山~

さて、桂浜に続いて、もう一つ高知の景勝地として有名な五台山にも行ってきました。高知市街地から少し南東に行ったことにある小高い山です。中国の五台山に似ていることから行基か誰かが五台山と名付けたそうです。どこかで聞いたことのある話ですね。

 

行基が名付けたということは、もちろん行基が開いたお寺もあります。竹林寺ですね。竹林の七賢との関係は不明です。四国八十八か所の一つにもなっており、弘法大師像が出迎えてくれました。

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例によって迫力ある山門と金剛力士像が出迎えてくれますね。この日もまたお遍路さんのような方が多くて賑わっていました。この日は金剛力士像が陰にならずにくっきり撮れましたね。光の関係でしょうか。

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境内は木々が生い茂っていて、木洩れ日が差し込んで歩いていて気持ちよかったです。まあ、お寺にはよくある感じですけどね。若干平地よりも涼しかった気がします。錯覚かもしれませんが。

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五重塔もなかなか立派なものでした。これ夜はライトアップされるんですかね。見たいような見たくないような。

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本堂は重要文化財だそうですね。また、他にも宝物館には貴重な仏像などがたくさん見られるようです。庭園もとてもきれいでした。

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境内には屋根をかけてもらっている仏像(?)がありました。どことなく日本というよりもオリエンタルな雰囲気が醸し出されていますね。個人の感想ですが。解説書きがあったのですが、メモを取ったりするのを忘れてしまい、内容も忘れてしまいました。

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竹林寺から少し登ったところには公園があります。五台山公園ですね。そのままの名前ですね。五台山の山頂にある公園です。

 

五台山公園には浜口雄幸の像がありました。「ライオン宰相」ですね。高知出身だったんですね。確かに言われてみれば土佐人っぽいかもしれません。ただの後付けの感想だと思いますけどね。高知城でも桂浜でもなく五台山に像があるというのも浜口らしいのかもしれません。浜口らしさがどんな感じなのか私にはよくわかりませんが。

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五台山公園には、お待ちかね、展望台があります。例によって高知市街地が一望できますね。高知城天守よりも高いでしょうか。国分川と鏡川がとてもきれいですね。(横に伸びているのがが国分川で、縦に伸びているのがが鏡川です)

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あとは、南の方を見ると浦戸湾が一望できますね。湖みたいでいい長めですね。ここにはレストランもあって、ランチやお茶をしながらこの眺めを楽しむことができます。(もちろん、一軒しかないので観光地価格であることは言うまでもありません。)

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五台山はなかなか雰囲気のいい竹林寺と、展望台からの眺めがとてもよかったですね。高知の人はここをよく訪れるんでしょうかね。いいところでした。

 

また気が向いたら更新します。

【高知県】高知観光記③ ~桂浜~

桂浜といえば、高知、いや四国有数の観光地として有名ですね。そんな桂浜にゆかりのある歴史上の偉人といえば、言うまでもないですね。長宗我部元親です。

 

桂浜には長宗我部元親の居城であった浦戸城跡があります。やはり高知と言えば長宗我部元親ですね。長宗我部の後は山内一豊も一時期浦戸城を居城としたようです。まあ、景色もいいですしね。私もここに住めるなら住みたいです。津波怖いけど。

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天守はもう残っていませんが、天守跡には小さな祠があります。というか、浦戸城は天守があったというのが特筆すべき点らしいです。中世に作られた山城に天守があるのは珍しいとのこと。長宗我部元親が同時期に支配していた城でも、天守のない城もあったようです。過渡期の城ということでしょうか。そのあたりのところも勉強してみたいものですね。

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今回の記事も長宗我部元親について語りつくす、わけではありません。桂浜といえば、そうです。浦戸城天守跡のすぐ向かいには坂本龍馬記念館があります。坂本龍馬と幕末明治に関するいろいろな展示がありましたね。なかなか楽しかったです。外には坂本龍馬と握手する写真が取れるスポットがありました。一人で行ったのでそのような写真は撮りませんでしたが。

 

さて、坂本龍馬記念館からは林の中を歩いて浜辺に向かいます。こういう所を散策するの好きなんですよね。

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いよいよかの有名な浜辺の景色を眺めることができました。青い海と白い砂浜、海岸線が綺麗な弧を描いていますね。これが景勝地というやつか、と感動しました。右の方には龍王宮もありますね。これがまた綺麗な砂浜に彩を添えてくれます。

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あれですね。このブログで太平洋の写真は初めてですね。瀬戸内海、日本海、琵琶湖とかは紹介した覚えがありますが。私の素人的な感想ですが、太平洋は色が青くて波が荒いですね。危ないから海に入るなというような掲示が桂浜にもありました。

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そして、桂浜名物といえば坂本龍馬像ですね。胸元にある右手はピストルを持っているとかいないとか。しかし世界に羽ばたこうとした竜馬が高知の砂浜に縛り付けられているのは少し不憫に思います。まあ太平洋とその向こうにある外国を見据えているからいいんですかね。

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なんとなくいろいろなところに行って有名な橋を見てきたので、こちらの橋も気になって写真に収めてしまいました。浦戸橋ですね。浦戸湾と海の境界がこのあたりでしょうか。なかなかきれいな形をしていますね。例によって船が通るのか、なかなか高いです。ぐるりと回って登っていく感じですね。さすがに自転車で登ったりはしませんでした。

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やっぱり桂浜は有名なだけあってなかなか良いところですね。市街地からバスですぐに行くことができてよいところです。外国人が多かったような気がしますね。美しい景色が外国の人も惹きつけるのでしょう。ベタな観光もこれはこれでいいものです。まあ、私はマニアックな観光地とかよくわからないので、ベタな観光を続けるしかないんですけどね。

 

また気が向いたら更新します。

【高知県】高知観光記② ~長宗我部元親ゆかりの地~

さて、高知が誇る歴史上有名な人物といえば長宗我部元親ですね!明治維新関係じゃないんかいという感じではありますが、とりあえず戦国武将関係の観光地は外れがない気がします。

 

長宗我部元親といえば、土佐の一城主から一代で土佐一国を平定して、四国全土を征服寸前までいった戦国武将ですね。最近はゲームとかでも知られるようになったようですね。本能寺の変の黒幕とかいう説もあるようですね。まあ、どこまで信用できる説なのかはよくわかりませんが。この長宗我部元親ゆかりの地がここ高知にあるというわけです。

 

高知駅市街地から桂浜まで出ている路線バスがありまして、途中の「長浜」とか「元親公史蹟前」とかいうバス停で降りて散策していくことになります。

 

住宅地の少し奥に入ったところに、長宗我部元親のお墓がありました。山を少し登った静かなところにありました。特にファンというわけではないですが、せっかくなので手を合わせてきました。

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元親公のお墓のふもとには元親公の家臣の墓と思われる墓もありました。「兵士の塚」と書いてありましたが、詳しいことはよくわかりませんでした。

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近くの公園には、長宗我部元親初陣の像があります。なかなか大きくて目立ちます。初陣で活躍した少し後に父の国親が死んで、元親が長宗我部家を継ぐことになるわけですね。このあたりに古戦場とかもあるようなのですが、時間の関係で行くことができませんでした。

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元親像がある公園は、緑地の中に通路がある感じですね。実はこれ、参道のようなもののようです。この道を北に向かっていくと若宮八幡宮があります。長宗我部元親が戦のたびに戦勝を祈願した神社ですね。ググってみたところ、若宮八幡宮という神社は全国各地にあるそうですね。区別するためにどう呼称すればいいかよくわかりませんが。林の中にある神聖な雰囲気がする神社でした。長宗我部元親にならって勝負事の際は祈願に来たいものです。

 

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若宮八幡宮から北の方に歩いていくと川が流れていましたね。なかなか綺麗な川でしたので写真を撮ってしまいました。綺麗な川は見ていて気持ちがいいものですね。

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川を渡ったところにあるのは雪蹊寺ですね。四国八十八か所の一つで、長宗我部元親菩提寺ですね。やはりお遍路さんがたくさんいましたね。静かで雰囲気のいいお寺でした。

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裏には小さな神社と元親の子盛親の慰霊碑がありました。盛親は関ヶ原の戦いや大阪の陣で徳川と敵対して、長宗我部家をつぶしてしまった人ですね。まあ評価はよくわかりませんが。

 

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ちなみに雪蹊寺の裏にある山のようなところは、長浜城跡だそうです。長宗我部家と本山家が取り合った城ですね。まあ、そのあたりのところは私はよくわかりませんが。今ではただの山にしか見えません。

 

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このあたりにはいたるところに長宗我部元親関係の史跡があって、ファンの人にはとても楽しいところですね。というか、私は長宗我部元親のファンではないですが、とても楽しめました。

 

また気が向いたら更新します。

【高知県】高知観光記① ~現存天守高知城~

高知高知高知と高知が三回続いたタイトルになってしまいました。

 

高知といえば高知城ですね。まあ、私がどこか町を訪れたらお城を見ることにしているだけですけれども。しかし、高知城は現存12天守の一つですから、高知といえば高知城といってもいいのかもしれません。まあ、高知には他にも有名なものは多くありますけれども。

 

高知城平山城で今の高知の街の中心に近い場所にあります。まあ、どこが市街地の中心部なのかはよくわかりませんが。高知の街は意外と(失礼)広い範囲が栄えていました。県庁だか市役所も城の一角にある感じでした。昔から役所の場所が変わっていないというのは面白いことです。

 

さて、追手門の前には、土佐藩初代藩主山内一豊の像があります。馬にまたがっていてかっこいいですね!(小並感)

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高知城は、追手門と天守が両方とも現存する三つの城のうちの一つで、そのうち両者を一枚の写真に収めることができる唯一の城だそうです。ということなのでせっかくなので追手門と天守を一枚の写真に収めてみました。追手門はなかなか守りに適した構造になっているようです。

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追手門から城内にはいると、板垣退助の像がありました。板垣退助って高知藩士ではあったのかもしれないけど高知城に像を作るほどお城と関係あったっけ、とかこのポーズは「少年よ大志を抱け」的な感じなんだろうかとか、疑問は残りましたが、土佐が輩出した偉人の一人ですね。「板垣死すとも自由は死せず」と言ったとか言わないとかいう人ですね。

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ちなみに上の板垣退助像の背景にも天守が写っておりまして、すぐ天守まで行けそうな印象がありますが、実際はかなり遠回りをしていくことになるので時間がかかります。まあ、時間がかかるといっても10分程度ですけどね。

 

階段を上っていくと、次は山内一豊夫人の像までありました。山内一豊の像よりも写真を撮っている人が多かったですね。確か大河ドラマになっていたのでしたっけ。よくわかりませんが。

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高知城は石垣もなかなか立派なものです。

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天守までの道のりはわかりにくいのですが、ただただ道なりに登っていくと天守にたどり着くことができます。現存12天守の中の一つですね。高知城天守は四つの矢倉を廊下でつないだ特徴的な構図をしていました。天守に入るまではなかなか回り道をして行くことになります。

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天守からは例のごとく高知市街地を一望することができますね。繰り返しになりますが、高知は意外と(失礼)栄えていますね。ちょっと海までは見えませんが、なかなか良い眺めでした。

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高知城にはなかなか珍しい忍者返しがあります。忍者が登っていってもここで食い止められてしまうということですね。これはさすがに超えるのが難しそうですね。まあ、忍者になって城に侵入したことがないのでよくわかりませんが。本物の忍者なら軽く乗り越えてしまうのかもしれませんけどね。

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高知城はなかなか市街地の中心部にあるにも関わらず、なかなかいろいろなものが残っていて楽しいところでした。観光客も多かったです。

 

また気が向いたら更新します。

観光ブログを始めて変わったこと

とかいうタイトルでブログを書き始めましたが、別に観光ブログを始めたわけではありませんでした。ブログに観光記事も載せるようにしたということですね。それによって少しばかり変化があったので、まとめてみることにしました。

 

 

①写真を撮るようになった

ブログに載せるために写真をたくさん撮るようになりました。昔は携帯を持っていてもあまり写真を撮りませんでしたね。宮島と原爆ドームを見に行った日があったのですが、その日は厳島神社の鳥居の写真数枚と原爆ドーム平和公園の写真一枚づつしか撮りませんでした。今では一日観光に行くと百枚近く写真を撮ってしまいます。ひとえにブログに載せるためですね。

他には写真の構図とかも若干考えるようになりました。まあ、構図といっても専門的なことは分からないので、空を半分くらいにしようとかそのレベルですけどね。最初のころは全くそんなことすら考えていなかったので、少しは成長できたのではないでしょうか。

 

②知識や経験を言語化するようになった

昔は観光に行っても、何となく見て回って終わってしまっていましたが、ブログに書くという目的を意識することで、色々と学んだことや感じたことを言葉にするようになりました。まあ、語彙が乏しいのでどこに行っても同じようなブログしか書いていませんけどね。

でも、少しずつですが、観光の感想を語るための語彙が増えていっているような錯覚がします。そもそもこのブログが文章力向上の為に始めたものなので、その成果が得られればそれでよいのかもしれません。

 

③ブログ記事が観光記ばかりになった

ブログが殆ど観光記ばかりになってしまいました。まあ、読書記事とか雑記と比べると、やはり時間もお金もかかっているからか、コンテンツ力が違いますね。まあ、ブログ上級者になると何もないところからコンテンツ力の高い記事を生み出せるのかもしれませんが。そのせいでブログがほぼ観光ブログになってしまいました。まあ、その方がいいという説もありますが。

しかし、観光記のストックも少しずつ減ってきているので、自然と他の分野の記事が増えてくるのかもしれません。まあ、観光のペースを上げることでネタの枯渇を防ぐという非常手段に出るかもしれませんが。そもそもブログの更新が続くのかもわかりませんけどね。

 

 

たまにはこんな記事もいいでしょう。

 

また気が向いたら更新します。

【広島県】福山城に行ってきた ~駅隣のお城 その1~

まあ、タイトルですでにネタバレしているわけですが、今回は前置きから始めることにいたしましょう。

 

電車に乗っていると、手持無沙汰なので外を見ますよね。まあ、スマホで時間をつぶしている人や本を読むという人もいると思いますけけど。どちらかというと私もそういうタイプです。たまに駅のすぐそばにお城があって驚くことがあります。その一つが今回訪れた福山城ですね。福山駅から石垣も天守閣も見えます。しかも駅のすぐそば、というか隣です。近くを通るたびに気になっていたので、今回訪れてみました。

 

福山駅の北口から出ると、すぐに石垣があります。なかなかびっくりしますね。石垣というよりも城壁といった感じかもしれませんが。

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ここでは左手にお城、右手に駅という不思議な構図の写真を撮ることができます。まあ、写真だけではなくて映像とかも取れるんですけどね。城の隣に駅があるというよりも、駅のある市街地に城があるという感じかもしれませんが。

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まあ、そこそこ大きくてしっかりした門ですね。筋鉄御門といって、重要文化財伏見城から移築されたという説もあるみたいです。

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筋鉄御門をくぐるともう本丸ですね。昔の城の敷地内に駅ができてしまった感じなんですね。天守閣とそこそこ広い公園のようになっています。ラジオ体操とかやっているという話があった気がします。ちょっとした庭園みたいなのもありましたがよくわかりませんでした。ちなみにこの天守閣はいわゆる現存天守ではなく、一度空襲で焼かれた後に作り直したものだそうです。昔の姿は写真などで見ることができるのみとのことでした。

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福山城天守閣は、まあよくあるように、中が博物館で最上階が展望台になっていました。最上階からの眺めは、まあ、よかったのですが、高い建物もそこそこあるので市街地を一望できるといった感じではありませんでした。でもまあよかったです。むしろこのマンションの最上階からは、ひょっとしてお城を見下ろせるのかもしれません。それもまた楽しそうですね。

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福山城水野勝成によって築かれ、水野氏や阿部氏が治めた福山藩のお城ですね。譜代大名として中国地方を抑える役割を任されていた感じでしょうか。ちゃんと天守閣の北側に水野勝成の像もありました。

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余談ですが、本丸で福山駅の新幹線の放送が聞こえてきました。もはや駅と一体化してますね。いや、一体化というのは言い過ぎですかね。

 

お城の少し北には、三蔵稲荷神社という神社があります。水野勝成によってつくられた神社だそうで、福山の守り神といったところでしょうか。小さな神社でしたが、天守閣が見える位置にあり、なかなか良い感じでした。すみません、うまく形容する語彙がありません。

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おまけ

福山駅の南には釣り人の像がありました。待ち合わせスポットだとか。こういう不思議なものに出会えるのもいいですね。

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天気が悪かったので、全体的に写真が暗いですね。すみません。

また気が向いたら更新します。