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書評というほど立派なものではないブログ

読んだ本について徒然と書いていきます。正直こんなブログよりも本の方を読んでほしいので内容には詳しくは触れません。書評というほど立派なものは書けませんが、軽い気持ちで楽しんでいただき、気が向いたら実際に本を手に取っていただければ幸いです。

「映像の世紀」と「新・映像の世紀」

本ではないが、去年見てなんとなく感じていたことを言葉にできたのでメモ代わりに書き留めておく。

 

一言で言うと、「映像の世紀」は映像それ自体が目的であり、「新・映像の世紀」は映像がメッセージを伝えるための道具として用いられている。もっとも、「映像の世紀」は単に「こんな映像があった!」というだけにとどまらずその映像が撮影・作成された背景についても語られ、単に20世紀の歴史というだけではなく映像によって記録されるということそれ自体も一つのテーマとなっていおり、何度見ても新しい発見がある。一方「新・映像の世紀」は構成や音楽こそ「映像の世紀」に似ているが、伝えたいのであろうメッセージがちらついて「映像の世紀」と比べて少し安っぽく感じられた。事実を持って語らせるという「映像の世紀」の手法こそメディアがとるべきだと思うのは、懐古趣味であろうか。

 

(「新・映像の世紀」が伝えようとするものも別に軽薄なものではなく、むしろ目を背けてはいけない内容だとは思うが)

 

 

 

 

たまにはミステリー読んでみた(柚月裕子『最後の証人』)

ミステリーなのでネタバレしないように簡単に。

 

面白かった。著者のもくろみどおりの錯覚を起こしてしまい、それに気づいたときは電車の中で思わず「あっ」と声をあげてしまった。また、解説にもあるように人間ドラマとして読んでも味わい深く、二度目はまた違った楽しみ方ができる。

 

しかし、こういうことを言うのは野暮かもしれないが、この弁護活動はどうなんのだろうか。

 

最後の証人 (宝島社文庫)

最後の証人 (宝島社文庫)

 

 

格差社会の現実?(米倉誠一郎『2枚目の名刺 未来を変える働き方』)

会社と自宅の往復で特に他にやることもない、そんな生活を変えたくてこの本を手に取ってみた。

 

本書が勧める「2枚目の名刺」とはいわゆる副業のことではない。典型例は最近話題のプロボノであろう。例えばサラリーマンであれば、自分の持っている力を会社と別な形で発揮させてくれ、会社での仕事と相互によい影響を与え合うようなものでなければならないという。「2枚目の名刺」を持つことによって、会社によって与えられた役割に基づいた自己規定を脱し、自らが「社会人」として自己を定義したうえで会社での仕事を位置づけることができるようになる。それによって自らの生き方をより充実したものにするだけでなく、社会により貢献することができるという。

 

感心しながらこの本を読み終えた私はふと我に返った。私の勤める会社はこの「2枚目の名刺」的な生き方を許してくれるだろうか。社員が会社を相対化して自らの社会人としてのアイデンティティを形成し、会社以外の肩書を名乗って自ら情報発信を行う、このような生き方を許してくれる会社は、本書の言うとおり社会が変わってきているとしてもまだまだ少数派なのではないだろうか。その上著者は、まず「1枚目の名刺」で確固たる地位を築くことが「2枚目の名刺」を活用する前提条件だという。「2枚目の名刺」を持つことを許してくれるような会社に勤め、そこの会社で実績を残して確固たる地位を築く。本書が描く生き方を実践するためのハードルは思いのほか高いようだ。

 

著者は「世界で一番豊かな国は、選択の自由と選択肢の多い国」だという。それが人についても当てはまるとするならば、その意味で豊かな人と貧しい人の格差は広がる一方になってしまうのかもしれない。

 

 

お金持ちになるには(ロバートキヨサキ『金持ち父さん 貧乏父さん』)

お金持ちになるにするべきことは何だろうか。いっぱい勉強していい大学に入っていい会社に就職することだろうか。それとも専門性を極めて高い報酬を得られるようになることだろうか。いや、お金持ちになるために最も必要なことは、お金持ちになる方法を身に付けることだ。身も蓋もない結論であるが、ほぼ同義反復ともいえるこの命題自体はある種の真理であろう。いい会社に就職することや専門性を極めることは、所得を高める確率を高めてくれるが、直接的にお金持ちになることを保証してくれるわけではない。

 

所得を増やす方法は単純である。収入を増やしてくれる資産(Assets)を増やし、支出を増やしてしまう負債(Liabilities)を増やさないようにするとよい。簿記や会計をかじったことのある人にとっては至極当然のことである。著者によると、殆どの夫婦の夢である「マイホーム」は支出を増やしてしまうため、「負債」であって「資産」ではないというのだ。確かにそういう一面はあるかもしれない。そういえば以前借金をこさえまくってマンションを買い家賃収入を得ているサラリーマン大家についてテレビでやっていたような気がする。うまくいけばお金持ちになれるのかもしれない。

 

確実に誰もがお金持ちになれる方法なんてないというのもまた真理であろう。しかし、本書のいうFinancial IQを高めることが重要なのは否定できない。お金持ちになりたいならお金持ちになる方法を身に付けることが肝要なのだ。それがなかなかうまくいかないのだろうが。

 

なお、本書は「いい本」ではなくて「売れる本」を目指して書かれ、それが見事に功を奏したものだとの指摘がある。私もそう思う。目的を直接的に追求する著者の姿勢こそ見習うべきものなのかもしれない。

 

 

Rich Dad Poor Dad: What the Rich Teach Their Kids About Money--That the Poor and Middle Class Do Not!

Rich Dad Poor Dad: What the Rich Teach Their Kids About Money--That the Poor and Middle Class Do Not!

 

 

改訂版 金持ち父さん 貧乏父さん:アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学 (単行本)

改訂版 金持ち父さん 貧乏父さん:アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学 (単行本)

 

 

自分と向き合う(スーザン・ケイン『内向型人間すごい力』)

本屋で目について、すぐ手に取ってしまった。内向型人間。私のことじゃん。どうやら「すごい力」を私は持っているらしい。この本、買わずにはいられなかった。買って中を見てみると、原題は"Quiet"。うーん、変わりすぎである。

 

「グループよりも一対一の会話を好む」「文章の方が自分を表現しやすい」「ひとりでいる時間を楽しめる」「邪魔されずに『没頭できる』仕事が好きだ」「外出して活動した後は、それが楽しい経験であっても、消耗したと感じる」などが内向型人間の特徴だという。私ですな。

 

本書はまず「外向型人間」が社会で活躍できる条件のようになってしまった経緯を、歴史的社会学的に明らかにしてみせる。外交型優位社会は歴史的に相対化しうる現象だというのである。そして、外向型人間のやり方が必ずしも高いパフォーマンスを示すわけではないと主張したり、内向型人間の特徴についてその原因までさかのぼって分析をしたりする。経済学や脳科学の研究成果も引用されたそれなりには説得力のある主張だ。ただ、著者はこの問題の専門家や研究者というわけではないことと、アメリカ社会という文脈に依存した議論であることには留意が必要だ。

 

以上の議論を踏まえて、著者は内向型人間の人や、内向型人間と関わる人に対して様々なアドバイスを送ってくれる。それを要約するならば、自分や他人の特性をよく理解したうえでその特性ときめ細やかに付き合っていくべし、ということになるだろう。考えてみれば当たり前のことである。しかし、外向型人間を理想化する社会的風潮や他人が自分と同じような性質を持っているというバイアスは、その当たり前のことを困難にするくらい強力なものなのであろう。本書はこれを乗り越えるための手助けになってくれる。

 

少し時間をとって自分と向き合ってみようと思わされた。

 

 

内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える (講談社+α文庫)

内向型人間のすごい力 静かな人が世界を変える (講談社+α文庫)

 

 

羽生善治入門(羽生善治『闘う頭脳』)

将棋界の第一人者である羽生善治三冠の執筆した記事や著名人との対談、観戦記者等の記事が収録された本。元々の掲載媒体も様々で、7冠独占を達成した20年ほど前のものからつい最近のものまで時期的にも様々なものが収録されている。

 

羽生三冠は将棋界の第一人者としての枠を超えて様々な場面で対談や講演等を行っておりその内容は各種メディアで取り上げられることも多いため、著者や将棋界にある程度関心のある人にとっては本書に特に目新しいところはあまりない。逆に著者の言動に今まであまり関心のなかった人や、様々な世界の第一人者の言葉から示唆を得るのが好きな人にとっては有意義な本といえると思う。(とはいえ著者は新書等も執筆しているためそちらを読むの方がよいかもしれないが)

 

収録された記事の年代がさまざまであるため、昔の著者の棋譜を並べながら本書を読むと著者の考え方の変遷などが深くわかって味わい深く面白いかもしれないが、そこまで味わうためにはとんでもなく高い棋力が必要な気がする。今まで著者に興味がなかった人が著者の人となりを知るために読む本であろうか。

 

 

羽生善治 闘う頭脳 (文春文庫)

羽生善治 闘う頭脳 (文春文庫)

 

 

日本を理解する(千葉忠夫『格差と貧困のないデンマーク―世界一幸福な国の人づくり』)

なかなかすごいタイトルの本である。デンマークは格差と貧困がない世界一幸福な国だという。一体どんな国なのだろうか。

 

本書を開くとまずはデンマークに格差がないと始まる。2007年のデンマーク相対的貧困率(この数値自体の含意については議論もあるだろうが)は5.3%だ という。ちなみに日本は14.9%だ。凄い!デンマークは本当に格差がないのか!と感心していると、すぐさまその秘訣が紹介される。デンマークでは租税負担率がなんと69%でOECD諸国の中で断トツのトップ、日本の24.6%よりもはるかに高い。ちなみに消費税率は25%だ。収入の7割近くが税金として取られて再配分されているから相対的貧困率が低いのだ。そこまですれば格差はなくなるかもしれないけど、そんなに税金でとられちゃ働いてられないよ、納めた税金もまともに使ってくれるかわからないし、などと私などは思ってしまう。しかし、デンマークでは政府による再配分が国民のコンセンサスとなっているという。うーん、日本とは人々や社会の気質そのものが違うんじゃないのかなあ。

 

というように、確かにデンマークのやり方はいいところはあるとは思うけど、仮に日本でやろうと言われても賛成できるかは微妙だし実現できるんだろうか、と歯に物が挟まったような感じで本書を読み終え後書きに目をやった。「私の考えとしては、デンマークのよいところだけを伝えたいという姿勢があります。… 当然、デンマークが完全に理想的な国だとは思っていません。ただ、… 一つのモデルでご紹介しているのです」なるほど。おそらく著者は日本の目指してきた方向性が完全に間違っていると思っているわけでもないし、そのために取り組んできたことが一定程度成功を収めてきたことも認めているのだろう。そのうえで日本の現状をさらによくしていくための考える材料として、日本とは全く違うものを目指し日本とは全く違う手法によってそれを実現しつつあるデンマークをあえて理想化して紹介することで、日本を相対化するきっかけを与えようとしているのが本書なのだ。著者はデンマークを通じて日本について考えてほしいのである。他のものと比較するというのは、何かを深く、そして批判的に理解するための基本的な方法であるから。

 

デンマークを知りたくて手に取ったはずなのにいつの間にか日本をもう一度見つめなおすことになってしまった一冊。

 

格差と貧困のないデンマーク―世界一幸福な国の人づくり (PHP新書)

格差と貧困のないデンマーク―世界一幸福な国の人づくり (PHP新書)