会社員ぬーどるのブログ

ただの会社員が文章を書く練習のために特に脈絡もないいろいろなことをつらつらと書いていきます。本ブログは所属団体等とは無関係な個人の見解です。 twitter:@nuh_dl

秘書検定二級受験記

資格試験も今後ちょくちょく受けていくことになりますので、資格関係の記事を書いてみたいと思います。

 

秘書検定とは

秘書検定とは、文字どおり、秘書のスキルを計る検定試験ですね。実務技能検定という公益財団法人が主催しています。ビジネス関係の検定試験を多数開催しているところです。

しかし、出題範囲は秘書のスキルといっても、秘書に限らず会社員一般にとって必要となるようなものも多いです。そのため、特に入門編である三級は、就活を控えた学生などが受けることが多いようですね。

三級、二級、準一級、一級の四段階があり、三級と二級は筆記試験のみ、準一級と一級は筆記試験に加えて面接試験があるとのことです。まあ、私は今回二級を受けただけなんですけどね。

 

・勉強方法

①三級のテキストを通読(2時間程度)

私は今回二級を受験したわけですが、別に三級を持っていたわけではありません。まずは三級の勉強をしました。三級のテキスト(後述)を買ってきてそちらを通読してみました。まあ、私も会社員を何年かやっていますので、さすがに三級は簡単かなーという感じではありました。基本的なビジネスマナーと仕事の雰囲気がわかっていれば解けるような感じでしたね。というわけで三級は受けなくていいかと思い、いきなり二級に挑戦したわけです。

 

②二級のテキストを通読(3時間程度)

三級は大丈夫かと思ったので二級のテキスト(後述)を読んでいきました。私の使ったテキストは、簡単な解説があったのちに問題を少し解くという形式なので、理解度をチェックしながら先に進むことができました。三級よりはちょっと難しいかなといった感じでしたが、問題が解けなかったら読み返したりしながら読んでいけば一度通読するので十分かといった感じでしたね。

 

③二級の問題集を解く(3時間程度)

時間がなかったので四回分しか解けませんでした。サクサク解いて40分弱で一回分が解き終わる感じでしたね。形式に慣れて解くたびに正答率が上がっていきました。秘書検定の問題の特徴として、すべきこととすべきでないことを判断する際に「秘書のすべきことの範囲を超えているためすべきでない」というパターンもありますが、これは秘書をやったことがない人でも問題を数多くこなすことで身についていく気がします。

 

・結果と感想

合格しました。まあ不合格ならかっこ悪くてブログに書きませんしね。

会社で働いている人であればそんなに時間をかけずにとることができますし、普段の仕事のマナーなどのまとめにもなるので、軽い気持ちで受けてみるのもよいかと思います。

 

・使ったテキスト等

①テキスト

解説の後に問題を解いて理解度を確かめることができ、スモールステップを積み重ねて効果的に学習できました。


 

 


 

 

 

②問題集

過去問がたくさん収録されていて、解説も端的でわかりやすいです。


 

 

 

たくさん資格が取れればこのブログの資格記事も充実していくかもしれませんし、そうならないかもしれませんね。乞うご期待。いや、あまり期待しないで下さい。

 

また気が向いたら更新します。

「マイホーム」をお得に建てるには? ~牧野知弘『マイホーム価値革命』を読んで~

どうも普通の会社で会社員をしていると、結婚して家を買えば一人前みたいな風潮ありますよね。一方空き家問題がクローズアップされて法律まで作られるなど、日本の住宅事情は変わりつつあるように感じます。(著者は空き家問題に関する本も出しているようです)そんな中、これからの時代の住居についての考え方の一案を示したのがこの本です。

 

・空き家問題

本書はまず、最近話題の空き家問題から話を始めます。本書によれば、空き家問題とは、単に人口が減って住む人がいなくなって空き家が増えるというものではないとのこと。共働き夫婦の増加に伴う都心回帰や、需要と供給のミスマッチ、東京オリンピックに伴う建築費の高騰、そして法制度等の様々な要因が複合的に絡み合って空き家が急激に増え続けていくというのです。

 

なるほど、確かに本書で挙げられているような要因が重なれば、人口減少のペース以上に空き家が増えていくのも納得です。理屈もデータもしっかりしており、学術論文みたいな次元ではないですが、それなりに説得力のある議論をしているように思います。

 

・「マイホーム」信仰の虚実

本書は次に、日本における「マイホーム」に関する考え方に話を移します。著者が出会った若い夫婦は、普段は極めて合理的な生活をしているにも関わらず、「マイホーム」を求めるある意味非合理的な思いを持っていたといいます。それはなぜかというところから著者は「マイホーム」の歴史を語り始まります。

そもそもなぜ「マイホーム」が人生の目標のようになってしまったのか。それは高度経済成長期の社会経済的な背景があると著者は言います。まず、人口増加に伴い宅地を開発する必要があったにもかかわらず、資本の蓄積が進んでいなかったために普通の庶民が自ら投資して住居を作っていく必要があった。そして、終身雇用年功序列の雇用制度によって定年まで安定した収入が計算できるようになった普通のサラリーマンが住宅ローンを組むことが可能になった。このように資金面での需要と供給が一致した結果、皆が新築住宅を購入するような状況が発生したと著者は言います。

そして、「マイホーム」への漠然とした憧れだけが不動産業者の広告宣伝によって残り、現代にまで「マイホーム」信仰が残っているというのです。

 

なるほど。「『マイホーム』信仰は間違ってる!」などと常識を疑うだけの言説よりも、「マイホーム」信仰が形成されるにあたっての社会経済的背景なども抑えていて、なるほどといった感じです。「マイホーム」へのこだわりが合理的でないという点についても、単に常識を疑ったというだけではなく大家の例なども踏まえてある程度根拠を伴って論じられていてそれなりに説得力のある議論だと思います。

 

・新時代の「マイホーム」戦略

では、これからの世代は「マイホーム」というものにどのように向き合っていけばよいのでしょうか。

著者はまず、現物も見ずにインターネット上でマンションが売買されており、現代の不動産は投資対象としての色を深めていることを指摘します。その上で、単に「マイホーム」を建てるだけでなく、それを使って収益を得ることに成功した人たちの例が紹介されます。二世帯住宅にして片方を貸し出したり、店舗部分と住宅部分を併せ持つ建物を建てて店舗を貸し出したりといった感じですね。また、かき氷店を例に、価値のある建物を建てるだけでなく、自ら土地の価値を上げるために動くという視点も示しています。

 

「マイホーム」も不動産投資の一環と考えることによって、単に住む以上の価値を生み出すという発想が生まれてくるということでしょうかね。しかし、このあたりの議論は、著者が不動産が専門だというだけあって、なかなか面白いところではありますが、不動産の素人が「マイホーム」を考えるにあたってそこまで考えてうまくいくのかという感じもしますね。結局、不動産業者のカモにされてしまうだけなのかもしれません。

 

・まとめ

日本の住宅事情は今後大きく変化することが予想されており、それに対応して従来の「マイホーム」の考え方を改め、不動産投資の発想を取り入れて「マイホーム」と向き合っていかなければならない、というのがこの本の主張の骨子です。

 

確かに総論としてはその通りですね。しかし、今不動産投資はブームみたいになっていて、悪質な業者の被害に遭っている人も少なくないようです。住宅を買う時に不動産投資の視点を持つことも大事ですが、欲を出し過ぎて逆に業者のカモになってしまわないように注意することも必要なのかもしれません。この本にはそういう視点は少ないですね。いずれにせよ「マイホーム」というのは普通の人にとっては巨額の買い物ですから、様々な情報を自ら収集して、納得のいく買い物ができるのが一番なのかもしれません。

 

また気が向いたら更新します。

 

 


 

仕事の「ミス」を減らすには ~飯野謙次『仕事が速いのにミスをしない人は、何をしているのか?』を読んで~

私は仕事でミスが多いタイプです。ひょっとするとちょっとした病気なのかもしれません、というのはさすがに言い過ぎですが。ミスが多くて先輩とかに怒られる毎日ですね。そういう自分から脱却したいという思いを常に持っていたところ、ちょうどよい本書に出合うことができたと考えています。

 

・「ミス」とは

本書はまず、仕事における「ミス」の意義から始まります。

 

まず、仕事で「ミス」をしないというのはある種のブランドであって、組織の中での信頼の源泉である、とのことです。確かにそうですね。よく「ミス」をしてしまう私には耳の痛い話です。「ミス」をしてばかりだと職場では信頼してもらえません。

 

「ミス」をなくすためには「気をつけろ」「集中しろ」といったようなことがよく言われます。私も職場でよく言われますね。しかし、著者はそういったことでミスを減らすという発想は持っていないようです。注意力を高めることで「ミス」をなくす、という現実的ではないアプローチではなく、「ミス」をしないための仕組みづくりこそが大切であると著者は主張しています。たしかに、仕組みによって「ミス」を減らすことができればそれに越したことはありませんよね。

 

・「ミス」を減らすには

本書では「ミス」を減らすための具体的な方法が次々と紹介されていきます。具体的には本書を手に取って読んでいただけるといいかと思いますが。

 

例えば、よく用いられるいわゆる「チェックリスト」について、著者は日本式よりもアメリカ式の方が優れているとする。日本式はチェックすべき項目を列挙しているのに対して、アメリカ式はチェックすべき項目ではなくその要素がどうであればよいのかということが具体的に書かれていなければならないとします。日本式とアメリカ式といったようにくっきりと分けられるかどうかはわからないが、実際にチェックリストでミスがないようにチェックするための方法としては説得力があるように思われます。

 

本書では、著者が最初に明言しているように、「ミス」を減らすために「気を付ける」だの、「集中する」だのといった方法は全く紹介されていません。「ミス」を減らすための仕組みを構築することという思想は一貫していて、説得力があるように思いました。

 

・「ミス」を減らす人になるには

本書は、具体的な「ミス」の減らす方法論を提示するにはとどまりません。

本書で紹介された、というか一般的にあるような「ミス」を減らすための方法というのは、抽象論から考えられたものではなく、実際に発生した「ミス」の再発を防止するために考えられたものです。

 

著者は具体的な方法にとどまらず、実際に不幸にも発生してしまった「ミス」の生かし方についても話を発展させていきます。「ミス」の原因を四通りに分類し、少し抽象的な話に話しますが、それを生かして「ミス」を防止するための考え方や、それを発展させた仕事の仕方など、多少抽象的にはなりますが発展的な内容まで記されています。

 

・まとめ

「ミス」というのは精神論ではなく具体的な方法論によって防ぐことができるものであることや、本書で提示される具体的な方法論はそれなりに説得力のあるものと思います。

また、「ミス」の多寡は組織における評判にも大きくかかわることや、「ミス」はそれをどう生かすかによって成長の機会にもなるものであるという点も、私の経験からもそうなのではないかと思います。

本書は具体的な方法論についても多く紹介されており実際の仕事で「ミス」を少なくするために直接役立つものであるうえ、仕事に関する心構えのようなところにも話が及んでおり、「ミス」に悩まされている人にとっては読む価値のある本かと思います。

 

 

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関連記事

・時間の使い方についてはこちらの本。

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【長崎県】長崎観光記② ~孔子廟・出島~

長崎といえば、江戸時代にも開かれていた港町ですね。昔は「鎖国」とか呼ばれて海外との交流が全くないようなイメージがあったようですが、今ではこの長崎をはじめとして、限られた場所ではあったものの人やモノ、そして情報のやり取りが盛んに行われていたとされているようです。歴史は専門ではないのでよくわからないんですけどね。

 

長崎孔子廟

先に述べたとおり、長崎は江戸時代から海外との交流が盛んで、目地に入ってから在日華僑(中国人)と清によって建てられたのがこの孔子廟だそうです。昔からの建物が各地にみられる長崎の町でも中国風の建物は特に目立ちます。

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湯島聖堂は江戸時代に日本で建てたものなだけあって、どことなく中国っぽいという感じにとどまっていましたが、長崎の孔子廟は中国も関わったこともあり、敷地内はまさに中国といった雰囲気です。

大成殿の周りにはたくさんの像があります。儒教に関係する人たちの像ですね。72体あって、全て中国の学問関係の偉人ですね。諸子百家とか孔子の弟子とかですかね。あまり詳しくないのですが、像がずらりと並んでいるのはなかなか壮観です。

孔子と中国の偉人たちに学業成就をお祈りしました。

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敷地内には博物館もあり、中国関係の貴重な物品を見ることができました。数は多くはないですが、なかなか見ごたえがありました。こちらは1980年代にできたものだそうですね。長崎というとキリスト教のイメージが大きかったですが、中国との関係もなかなか深いものがあるようです。

 

 

 

・出島

 

次は、長崎の対外関係といえば出島、ということで、教科書にも載っている有名な出島に行ってみました。といっても、今は海に出っ張っているといった感じではなくて、街の一角になっていましたけどね。

正面にあまり大きくはない橋があり、それを渡ると出島に行くことができます。今では入場料を払えば誰でも入ることができます。

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出島の中には昔ながらの街並みが再現されています。一部の建物の中も入ることができ、色々な展示がありました。江戸時代にタイムスリップしたように楽しく散策することができます。

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また、出島の全体像を感じることができる、ミニチュアの出島の模型みたいなのもありました。こういう感じだったんですね。まあ、このアングルで当時の出島を見たことのある人がどれほどいるのかという話ではありますが。

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今の街並みとのコントラストも面白いですね。右が出島で左が今の街です。長崎は町の随所に歴史を感じられるようなものがあって歩いているだけで楽しい町でした。

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最近観光ブログを書いていなかったせいか、微妙に書き方が変わったような気がします。まあ、そういうものですね。今までの記事とかも書き直してみましょうかね。

 

また気が向いたら更新します。

 

 

この観光地へのアクセス

 

孔子廟   長崎電軌大浦天主堂駅から徒歩約5分

・出島    長崎電軌出島駅から徒歩約5分

(この情報は著者が旅行した時のメモをもとにしたものです。現地を訪れる際にはご自分で経路や所要時間を確認されることをお勧めいたします)

 

 

関連記事

・東京にある孔子廟である湯島聖堂にも行きました。

nuh-dl.hatenablog.com

 

【長崎県】長崎観光記① ~長崎駅・大浦天主堂~

福岡県を巡った後は長崎に行きました。

 

長崎駅

長崎駅に着くと、高架線の工事をしていました。九州新幹線長崎ルートの開通に向けて、長崎でも工事が行われているんですね。いつか新幹線で長崎まで行ってみたいものですね。

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長崎観光には主に市電を使うことになります。市電は一律120円なのですが、500円で一日乗り放題の券を買うことができました。長崎駅の観光案内所等で売っていました。まあ、結局この日は4回しか乗らなかったような気もしますが。ちなみに市電は結構混んでいましたね。地域の人の貴重な移動手段として使われているんですね。なにせ坂の多いところですから。

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大浦天主堂

長崎駅に着いてから、まずは大浦天主堂に向かいます。市電を降りて少し歩くとホテルの奥に、大浦天主堂へとつながる坂道があります。お土産物屋などが並んでいて観光地に来たという感じがします。

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坂道を登っていくと突き当りに天主堂が見えてきました。長崎を代表する観光地の一つ、大浦天主堂ですね。潜伏キリシタン関連遺産の一つです。江戸時代末期に外国人のために天主堂を建設したところ、長崎の潜伏キリシタンが発見されたということですね。(私は潜伏キリシタンが密かに使っていた天主堂だと勘違いしていた時期がありましたが、現地に行くと坂の上の目立つ場所にあるのでそんなことが不可能なのがわかります)

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天主堂は拝観料を支払うと見学することができます。普段は神社やお寺ばかり巡っていて教会は殆ど見たことがなかったので、天主堂の内部はとても新鮮でよい経験ができました。拝観料は安くはないですが、天主堂の保存等に役立ててもらいたいものですね。

また、天主堂の他にも神学校跡なども見学することができます。神学校跡には潜伏キリシタン大浦天主堂に関する展示がありました。あまりちゃんと勉強したことがなかったのですが、長崎県には潜伏キリシタンに関する史跡がたくさんあるようですね。いつか一週間くらいかけて全部巡ってみたいものです。(こんなこと毎回書いていますが、全てを実現するには宝くじを当てる必要がありますね)

 

大浦天主堂は見学に集中してしまって殆ど写真を撮っておりません。まあ、確か内部は撮影禁止だったかと思いますが。

 

グラバー園

大浦天主堂の隣にはグラバー園という洋風庭園があります。江戸時代末期に長崎に現れた商人であるグラバーさんの庭園だそうですね。この日は先の日程が詰まっていたので泣く泣く見学を諦めて次に進むことにしました。見てもいないのに項目にしてしまいましたね。次来るときはゆっくり見学してみたいものですね。

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大浦天主堂を見た後は、江戸時代にも対外的に開かれていた長崎を見に行きました。

 

また気が向いたら更新します。

 

 

この観光地へのアクセス

 

大浦天主堂 長崎電軌大浦天主堂駅から徒歩約5分

グラバー園 同上(大浦天主堂のすぐそば)

(この情報は著者が旅行した時のメモをもとにしたものです。現地を訪れる際にはご自分で経路や所要時間を確認されることをお勧めいたします)

 

関連記事

・九州一周旅行は福岡から始まりました。

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2019年2月配当収入

最近ほとんどブログを更新できておりませんでした。配当収入は相変わらず継続しているのに加え、書くことが決まっているおりすぐに記事を作成できるので、とりあえず配当収入の記事だけでも月一で書いていきたいものですね。配当は放っておいても入ってくるのが素晴らしいことです。

 

 

2019年2月配当収入

外国株からの配当収入(税引後):16,728円

 T      : 2,567円

 BHP    : 7,051円

 VOD    : 5,870円

 PG     : 1,240円

 

日本株からの配当収入(税引後):0円

合計:16,728円

 

(前年同月:3,826円)

 

目標の二万円は届きませんが、前年同月を一万円以上超えており、まさに順調といったところです。と言いたいところですが、BHPからの七千円強は、事業再編に伴う特別配当なので、今後継続するものではありませんね。むしろ来年は今回の額を下回る恐れすらあります。

継続的に受け取ることのできる部分としては一万円弱といったところでしょうか。それでは目標には全然届かないのでもっと頑張る必要がりますね。頑張るといっても、私にできることは株を買うだけで、実際に頑張るのは投資先の役員や従業員の方々なんですけどね。

 

ちなみに今までの配当収入をグラフにするとこんな感じですね。

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また気が向いたら更新します。

「変わってないね」

何となく最近考えたことをメモ代わりにブログにしていきたいと思います。

 

 

先月、地元の知人と会う機会がありました。地元の学校の同級生の集まりに、なぜか偶然呼ばれたので行ってみたのです。呼びかけてた人のSNSをこっそり発見して見てみたところ、いわゆる意識高い系みたいになっていたので、宗教とかマルチ商法の勧誘をうける恐れもあったのですが、まあ怖いもの見たさで行ってみました。(実際に勧誘を受けることはなかったです)

 

指定された飲み屋に行くと、見おぼえのある顔が見えました。10年以上ぶりの再会です。まあ、それくらい長い間会っていないだけあって、特に仲が良かったというわけでもなく、あまり思い入れもないような人たちなんですけどね。挨拶がてら少し言葉を交わすと、その同級生は嬉しそうに

「変わってないね」

と言いました。その言葉に私はとても違和感を覚えました。私はこの10年間で大きく変わっているはずなのに…

 

飲み屋に入ると懐かしい面々が集まっていて、普通の飲み会が始まりました。まあ、だからどうというわけでもないのですけどね。そこで交わされる会話は懐かしいものでした。同級生の誰々は今何をしている、誰と誰が付き合った結婚した、仕事の愚痴とか、地元の同級生と普段ほとんど接点のない私にとってはどれも初めて聞くような話でしたが、どことなく懐かしい感じがしました。

 

最初のうちは懐かしくてよかったのですが、徐々にどことなく寂しい思いがこみ上げてきました。恐らく私は、地元の同級生に対して、自分とは違う道を選んで生きている人との異質性を感じたいという期待を持っていたのでしょう。私がこの10年間で様々なことを学び、経験し新たな自分を築いてきたのと同様に、彼らがこの10年間で築き上げてきた、私とは異質な人間を知りたいという思いが私にはあったのです。

 

しかし、彼らが私などの同級生に求めていたのは、異質性ではなく同質性でした。いや、より厳密に言うと、異質な他者とのコミュニケーションというもの自体が、そもそも想定されていないような感じがありました。ちょっと違う観点からものを言っても、よくわからないような顔をして共感によって無理やり処理しようとしてきましたし、今の仕事の話とかも学生時代の部活の話と同じような語彙と感覚で話されていました。(身バレの恐れもあるので詳しい会話の内容は書きませんが)彼らは、自分たちが子どものころと同じ同質的な存在であることを前提としたコミュニケーションをとっていたのです。

 

私は一応高校のころから、学問的な素養を身に付けてそれを基礎として身を立てていくというある種の偏った道を選択しました。そして、高等教育を受けて一応の学問的素養を身に付け、それをある種の眼鏡のように用いて短いながらも会社生活を送ってきたという自負があります。そのため、恐らくそれとは別の道を選択(本人たちには選択したという自覚すらないのかもしれませんが…)した彼らとは、もはや昔とは違って(良くも悪くも)異質な存在なのだと思います。そのため、相互の同質性を前提とし共感を基礎としたコミュニケーションではなく、相互の異質性を尊重し異なる価値観から学び合うコミュニケーションこそがふさわしいはずなのです。

 

しかし、彼らは、地元の同級生であるというだけで私との間の同質性を(意識的にか無意識的にかは分かりませんが)前提とし、子どものころと同様に同質な他者との間の共感に基づくコミュニケーションを行おうとしてきたのです。彼らにとって私と彼らが同質であることはいわば前提であるため、私がこの10年間で形成してきた異質性について気付くはずもなく、10年以上前と同じまなざしで私を見ていたのです。(そもそも、彼らは同質性の中でのコミュニケーションしか経験をしてきておらず、そもそも異質な他者とのコミュニケーションというもの自体が経験がないのかもしれませんが)

 

そう、「変わってない」のは私ではなく彼らだったのです。

 

 

しかし、私は文章を書くのが下手だな。修行が足りないですね。もっとブログを頻繁に更新していきたいものですね。

 

また気が向いたら更新します。